あんなに勉強した日本語が役に立たない!?
1999年4月。僕は晴れて埼玉大学工学部機械工学科に入学しました。ここから華やかな青春時代が幕を開けた–と言いたいところですが、残念ながら現実は違っていました。
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大学に入学してがっかりしたこと、つらかったことがいくつもあったからです。
埼玉大学のタイ人留学生は大学院を入れて10人いるかいないか。タイ人と出会う機会はほとんどないこともあり、僕は最初の日に出会った日本人学生と行動をともにしていましたが、まずそこで自分自身に落胆しました。
自分の日本語はいけていると思っていたのに、授業となると歯が立たないことがわかったからです。日常会話なら問題はありません。でも授業についていくには語彙がまったく足りていない。日本語学校で学んだ日本語と大学で使う日本語とは似て非なるものだと痛感しました。
授業は正直、苦行だった
学力的にも「自分の足りなさ」を自覚しました。
授業でやっている内容を理解できなかったからです。これは日本語能力のせいではなく、高校で学ぶ学習内容がタイと日本とでは違うため。日本では高校3年生で学ぶ内容をタイでは大学に入ってから学びます。
だから僕には知識がない。でも、授業はすでに学習していることを前提にどんどん進んでいきます。授業で先生が話していることの多くが僕にとっては初耳でした。まったく知らない言語を聞かされているような気分でした。
これがどれだけしんどいことか。ぜひ想像してみてください。自分が理解できない授業を日々、第二外国語で受けなくてはならないのです。しかも日本語の語彙もまだじゅうぶんではない。入学したての僕にとって、大学での生活はなかなかの苦行でした。
友だちなのにご飯を一緒に食べないの?
友人との付き合い方についても僕はショックを受けました。
タイに詳しい方、タイに長く暮らしている方ならわかると思いますが、タイの大学生は授業が終わっても友だちとはべったりです。いっしょに町に出かけてご飯を食べて仲良く時間を過ごすのが当たり前です。
でも、日本はそうじゃない。ベルが鳴って授業が終ると、みな「さようなら」と挨拶したかと思うと、バラバラに教室を後にします。
え? 皆でどこかに行ったりしないの? 何かいっしょに食べようよ。そう呼びかけるヒマもなく、みな散らばってしまいます。
今なら、「当たり前だよ」「それが日本の普通の大学生だよ」と理解できますが、当時の僕にそれがわかるはずもない。
日本人は冷たい。
友だちなのに冷淡だ。
人間関係が寂しすぎる。
僕は単純にこう思いました。
「つらいこと」の三連発で憂鬱になる
日本語の語彙が足りない。授業を理解できない。日本人の友達付き合いはちょっと冷たすぎる。
これが、僕が大学に入学してすぐに感じた「つらいこと」の三連発。1年生のときはまだ、不慣れな環境に溶け込もうと必死でしたが、段々と僕はこんな風に思うことが多くなりました。
日本になんか来ないほうが良かったかも。
日本に留学したのは間違いだったかもしれない。
ネガティブな気持ちに追い打ちをかけたのは、1年の前期が終了した時点で成績表が配られたときです。
タイでは成績表をもらうと周囲の友人たちに見せるのは当たり前です。英語でも数学でも他人の成績をみな知っています。その感覚のまま、僕が同級生に「ねえ、成績表見せてよー」と言うと、きっぱりと「いやだよ」「ダメ」と断られてしまいました。
タイ人はなんでも共有するのに日本はそうじゃないんだ。僕はショックを受けました。
笑いのツボが違うことにも違和感を感じていました。日本のお笑いの、いわゆる「ボケとツッコミ」も当時の僕には理解できなかったからです。
生まれ育った文化が違うのだから仕方がない、といまの僕なら冷静に思えるけれど、まだ10代の若かった僕はそうじゃなかった。冗談を言ってもすべってしまうことが多く、僕は次第に焦りやいらだちを深めていきました。