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kantatorn

2017.12.11

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日本語の勉強に明け暮れた日々 前編

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ショックをバネに勉強した

日本語学校で日本語を学び、日本語をマスターして日本の大学に進学するんだ。

そんな強い意気込みで日本へ渡り、日本語学校の受付窓口で衝撃の事実に直面したことは前にお話ししました。

半年前に入学を申請しておかなければVISAがおりないという規定があることも知らず、学校でそれを告げられた僕と母は、苦肉の策としてまず3ヶ月だけ観光VISAで日本語学校で学ぶことを決断。その後、3ヶ月はタイに戻って独自学習を続け、半年後に再び来日し、再入学することを決めました。

なんという間抜けな話なのでしょう。

いまから思えば笑い話ですが、あのときはショックでした。

でも、僕はショックをバネにタイに戻ったあとも日本語の猛勉強を続けました。おかげで、3ヶ月のブランクの後、学校に復学してからすぐに、元いたクラスよりも上のクラスに編入できました。人間、やればできるものです。

タイ人の友だちは作らない

あの頃の僕は、信じられないほどの勉強量をこなしていました。

来る日来る日も、有栖川公園にある図書館に行っては日本語の予習復習に明け暮れ、学校で実施されていた日本語能力試験1級2級の模試ではタイ人として上位の成績をおさめていました。「タイ人として」と書いたのは中国人や韓国人には勝てなかったからです。彼らは漢字をよく知っています。超えられない壁を痛感していました。

ただ、タイ人としてはトップの成績だったことから、あるとき、僕の部屋を一人のタイ人生徒が訪れ、「君はタイ人だったんだね。タイの誇りだよ」と褒めてくれたことがありました。彼は、僕のことをタイ人だとは思っていなかったのです。

なぜだと思いますか?

僕は日本語学校に入学するときに絶対にタイ人の友人は作らないと決めていました。だから、校内にタイ人の友達はゼロ。本当にゼロです。

タイ人の友達ができてしまえば、絶対にタイ語で話したくなるに決まっている。言いたいこと伝えたいことをいとも簡単に伝えられる母語を使える環境を作ってしまうと、日本語学習にとってはマイナスでしかない。僕はそう固く思い込んでいました。

タイ語は完全にシャットアウト

校内ではタイ語はまったく使っていなかったので、僕は中国人か韓国人に見られていたと思います。それでよかった。そうしたかったのです。

友人といえばインドネシア人や台湾人、韓国人。彼らとは片言の日本語で会話をしていました。いっしょにドライブに出かけたこともありました。

日常生活から完全にタイ語をシャットアウトし、日本語のみを使って、ひたすら勉強に没頭する毎日。僕は、漢字の学習という点では絶対的なアドバンテージがある中国人や韓国人に負けたくなかった。超えられない壁をなんとしてでも超えてやろうと考えていました。

夢に見ていたのは、日本語を使いこなし、漢字もしっかりと覚えて、翌年の3月には目標の大学に合格して皆に胴上げされている光景です。その日を実現するために必要なことだけをやろう。勉強の邪魔になるものは一切、排除しよう。

ストイックな勉強の日々を送り続けました。

漢字を頭の中にたたきこめ

当時の僕の日本語勉強法を紹介しましょう。

僕が両親の知り合いの斉藤さんという方のお宅に下宿していたことは前にお話しましたが、同じフロアに住んでいた日本人女性が僕の勉強のためにと、裏が白いA4サイズのチラシを大量にストックしてくれていました。

そのチラシを何に使っていのか。

集中して漢字を覚えられるように、最初のころはチラシの裏紙1枚につき5つの漢字を書いて、頭に刻み込んでいました。

ただ、これでは試験には間に合いません。試験までの8ヶ月の間に2000字を覚えなければならないからです。そこで、1日に数十の漢字を書いて覚えるようにしました。隅から隅まで書き込むと、A4の紙1枚であれば1000字は軽く書けます。僕はこの紙を毎日、数枚は費やしていました。文字通り、書いて書いて書きまくりました。

会話についていえば、日常生活は問題なく送れるようになっていましたが、問題は漢字です。僕が目標としていた日本語能力試験の1級は、なまはんかの学習では合格は見込めません。とにかく数が必要でした。できるだけ多くの漢字を頭に叩き込む学習が不可欠でした。

その頃はいまのように、日本語ータイ語の良い辞書はなかったので、和英辞典や「常用漢英熟語辞典」を使って漢字の勉強に打ち込みました。「常用漢英熟語辞典」はあまりにページをめくっていたためか、段々紙が薄くなっていましたね。誇張ではなく本当の話です。

それだけ勉強しても、漢字にはずいぶんと手こずりました。なぜ訓読みと音読みがあるのか。部首やつくりを覚えるのにも苦労しました。少しずつ、本当に少しずつ、毎日勉強を重ねながら僕は日本語を体得していったのです。

mediatorのすべて」とは?

このブログは、「日本とタイをつなぐプラットフォームになりたい」その思いのもとmediatorを立ち上げた代表のガンタトーンが過去を振り返り、現在をどう過ごし、未来をどう形にしていくのか…今の気持ちを素直に表現したブログです。これまでの記事は、こちら(mediatorのすべて)よりご覧になれます。
ガンタトーン ワンナワス:在日経験通算15年。2004年埼玉大学工学部卒業後、在京タイ王国大使館工業部へ入館。タイ国の王室関係者や省庁関係者のアテンドや通訳を行い、タイ帰国後の2009年に MEDIATOR CO., LTD. を設立。日本貿易振興機構(JETRO)や福岡県などの日本政府機関、地方自治体の仕事を請け負う他、JETRO海外コーディネーターや中小企業基盤整備機構国際化支援アドバイザー等、日本の6つの組織でアドバイザーとして日本企業をサポートしている。日本語能力は、日本語能力検定(JLPT)にて最高レベルのN1保持者、ビジネス日本語検定(BJT/2016年)にて東南アジア最高得点を獲得。
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