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2015.12.1

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日系企業のタイ進出を強力サポート!カシコン銀行のファスト・バイス・プレジデント。(クレオクラーさん)「私と日本」vol.6

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日系企業のタイ進出を強力にサポートする!
カシコン銀行のファスト・バイス・プレジデント
クレオクラー タンティサーノン(アンプ)さん

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ぴしっと決まったスーツ姿、流暢で丁寧な日本語と柔らかな物腰。全体から醸し出される柔和な雰囲気は天性のものだろう。カシコン銀行の本社応接室で出迎えてくれたアンプさんこと、クレオクラー タンティサーノンさんは、穏やかで温和なたたずまいが印象的な、カシコン銀行のファスト・バイス・プレジデント(部長)だ。

約800社にもおよぶ日系の大企業を顧客に持つコーポレートビジネスディビジョンで、日々、日本とタイとの架け橋となり東奔西走するアンプさん。日本への留学のきっかけは必然的なものだった。

父のように日本に留学したい!

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「父の影響ですね。父は、日本からの奨学金を得て東海大学に留学し、帰国後はモンクット王工科大学の学長を経て、学長に就任しました。そんな父をそばで見ていたので、小さいときから自分もいつかは留学できたら、と思って育ったんです」

アンプ少年の夢は1998年に実現する。日本の外務省からアスチャー奨学金を得て、父と同じ、東海大学に留学。1年間は、日本語別科で日本語学習に専念した。

しかし、3ヶ月間ほど、ホームシックでつらい日々を送ったという。まず、アンプさんを苦しめたのは経験のない寒さだ。

「日本に着いたのが9月13日。半袖で到着したので、寒かったですね。とくに夜の気温の低さはこたえました」

日本語習得も苦難の連続だった。文字も言葉もまったくわからなかったため、学食で料理を頼むのも一苦労。最初の1週間は、簡単に注文できるカレーだけをひたすら食べ続けていたそうだ。

しかし、学食のメニューを学習材料に、アンプさんは少しずつ日本語への理解を深めていく。

「メニューに写真と説明文が出ていたので、写真から文字の意味を類推するようにしました。もともと日本食は好きだったので、食べ物を通しての勉強は効果的でしたね(笑)」

留学経験のある父親がいる家庭で育ったため、日本食には何の抵抗もないどころか、関心が高かったアンプさん。興味や好奇心は、語学学習のモチベーションアップには効果的だ。

与えられた環境を活かし、日本語習得に役立てよう

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もっとも、漢字の習得にはずいぶん泣かされたと話す。

「日本語別科のクラスにはタイ人は少なくて、ほとんどが中国人や韓国人。彼らには漢字のベースがあるので、学習速度が早い。漢字は象形文字だと言いますが、私にはまったく絵に見えず、頭にも入ってこない。自分だけがわからないように思えて、最初はつらかったですね」

クラスの他の生徒はみるみる漢字をマスターしていくのに、自分には理解できない。そんな時期をアンプさんはどう乗り切ったのだろう。

答えはシンプルそのものだ。ただただ学習を繰り返した。壁、テーブル、トイレ。部屋の至るところに、漢字を書き入れたプラスチックのシートに張り、自分がどこにいても日本語を目にするように心がけた。

TVも日本語学習に力を貸した。部屋に戻るとすぐにTVをつけ、否応なしに目と耳に日本語が飛び込んでくる環境を整えたのだ。

「ドラマはずいぶん見ましたね。ニュースはよくわからなかったけれど、ドラマには日常的な言葉が出てくるので学習しやすい。日本語の歌も参考になりました。最初に覚えたのは、Kiroroの『未来』。聞き取りしやすかったんですよ。大学のお正月のパーティでは『上を向いて歩こう』も覚えました」

料理とテレビと音楽を活用しながら、めきめきと日本語力を向上させていったアンプさん。これには、タイ人とほとんど接する機会がなかった環境も大きかったようだ。 当時の東海大学に留学していたタイ人の数は10人未満。学部生のタイ人は2人だけで、タイ語を使おうにも使う機会がなかった。

「住んでいた国際会館の決まりで、留学生は同じ国出身者とは同室になれない。私のルームメイトも日本人でした。もう一つ、東海大学のロケーションも良かったのかも。大学の回りには何もないんですよ(笑)。坂を下った先にようやくダイエーがあるぐらい。勉強をする環境としては最適でした」

与えられた環境をポジティブにとらえるだけでなく、日本語学習に最適な環境へと作り変えていく。現在のアンプさんの語学力は、こうした地道な取り組みのたまものだ。

学生時代に「報連相」を身につけた!

東海大学の通信工学で4年間学んだ後、アンプさんは修士課程に進み、電気工学を専攻した。この間、さまざまな日本の催事やイベントに参加したという。

「東海大学に入学してすぐの頃に参加したのが、平塚市の文化祭。私は日本の武士に扮してパレードに加わりました。タイと日本の価値観の違いについて、一時間、スピーチしたこともありますよ」

大学では、人力飛行機研究会に入り、飛行機作りに精を出した。人力飛行機の滞空距離及び飛行時間を競う競技会「鳥人間コンテスト選手権大会」にも参加している。

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「日本人と一緒に設計レベルから手掛けました。もっとも時間をかけて作っても、本番は数秒でおしまい(笑)。いろいろなジャンルの友人を得ることができた、本当に良い思い出です」

そのほかにも、花見、紅葉見物、お正月など、四季折々のイベントも満喫し、日本の友人との交流を深めていく過程で、アンプさんはタイと日本との価値観の違いを実感する。

「日本人は時間や約束を守るのが当たり前なのに対して、タイ人は守らない(笑)。ただ、失敗したり何か問題が起きても、タイ人の方が仲直りしやすい。遠慮がないのでストレスも溜まりにくいんですね。相手のことを考えて行動するのも、日本人の特性だと思います。お店でも会社でも、まずお客さんが何がほしいのか、どうしたら喜んでくれるのか考えるじゃないですか。これはタイにはちょっとない。修士課程の研究では、『報連相』の習慣も覚えました。社会人になってからずいぶんと役立ちましたね」

日野自動車につとめながらアメリカでMBAを取得

学生時代に「報連相」を当たり前のようにこなせるようになっていたアンプさんが選んだ就職先。それは、日本の民間企業の中でもっとも官僚的な企業の一つとされるJR東日本だ。まだBTSもMRTもなかった時代。タイ国鉄は日本のJRと組んでさまざまな選択肢を探っていた。アンプさんは、JR東日本でタイと日本との架け橋の役割を担うコーディネーターとして採用された。

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社員はJRの車内では座ってはいけない。情報管理を徹底しなければならない。社内の厳しいルールにもまれ、1年間勤務したアンプさんはある決断を下す。アメリカへの留学だ。

日本への留学にとどまらず、なぜ今度はアメリカへの留学を思い立ったのだろう。

「JR東日本では、現場でアメリカのMBA卒の人たちと仕事をする機会が多かったんですね。彼らに刺激されて、自分もMBAを取りたくなった。そこで、会社を辞め、ロスアンゼルスで英語の学校に1年間通った後、日野自動車に勤めながら、MBAの金融専門コースに通うことにしました」

日野自動車で午前9時~午後5時まで勤務した後、午後6時からはMBAで学ぶ。相当にハードな毎日だったことが予想されるが、本来なら卒業まで2年かかるところを1年半で卒業。念願のMBAを取得した後、アンプさんは日本には戻らず、タイへ帰国した。

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「親孝行のためです。妹が博士課程で日本に留学したため、私はタイに戻らなければと考えました。人材派遣会社に登録して紹介されたのが、カシコン銀行。大学時代には将来金融関係の会社に勤めることなど想像もしていませんでしたが(笑)、ちょうどカシコン銀行が日系チームを行内に設けて間もない頃。自分の力を活かせそうだと思ったのが志望の理由です」

日本に恩返しをしたい、それが私の使命

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バンコク在住の日本人にとって、カシコン銀行は非常に身近な存在といっていいだろう。日本人常駐の支店があり、ATMには日本語メニューが用意されている。これらはすべて、カシコン銀行の日本戦略の一環だ。1県1行を目標に掲げ、日本の地方銀行との提携を強化してきた。現在、北海道から福岡まで、各地域をカバーする地方銀行27行と手を組み、そのうち20地方銀行から、23名程の行員がカシコン銀行へ出向している。

また、日本の提携先は地方銀行にとどまらない。国際協力銀行、あおぞら銀行の2行、中小機構、商工会議所、地公体等の7機関とも提携している。合計36の提携関係を通じて、日本企業のタイ進出を幅広い角度からサポートしている金融機関。それがカシコン銀行なのだ。

アンプさんは、カシコン銀行のこうした戦略を前線に立って進めてきた。

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「私が入行した2007年当時はまだ日本企業向けのサービスはほとんどありませんでしたが、現在はタイを始め、アセアン各国に進出する日系企業を積極的にサポートしています。日系企業への働きかけという点では、メガバンクを除けば、地方銀行の中でカシコン銀行がナンバーワン。日本人が使いやすい銀行を目指しているんですよ」

とはいえ、その目標達成は言葉で言うほど容易ではない。日本人の要求水準は高く、過剰ともいえるほどのサービスレベルが求められる。誰が担当であっても、どの支店であっても同じ「質」を担保するのは難しい。

だが、アンプさんは前向きだ。

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「私が日本に留学できて、現在があるのも、日本の税金のおかげ(笑)。その恩返しをしたいんです。日系企業のタイ進出を応援したいし、タイ人とうまく仕事ができる環境を作りたい。それが私の使命だと思っています」

タイの企業への啓蒙活動も推進している。日本には長い歴史を持つ老舗企業がたくさんある。百年、二百年、三百年。伝統を踏まえながら、その時代その時代に合わせて革新を怠らず、未来へと事業を継承していく老舗企業の良さを知ってもらいたいと、アンプさんは日本老舗企業視察ツアーを年に一度、実施してきた。

「歴史と伝統を誇る老舗の旅館に出向いて、どのように会社を維持してきたのかをオーナー自ら視察企業に説明してもらっています。長く続く企業にはそれだけの理由がありますからね。それをタイの企業にも知ってほしいんです。日本とタイの企業間のビジネスのマッチングも進めていますよ。お互い、win-winの関係を目指したい」

アンプさんが担当する日系大企業800社の中には、東海大学のOBが勤務する企業も少なくないそうだ。一年に一度、大学の同窓会をバンコクで開き、交流や情報交換にも熱心なアンプさん。留学生活、日本企業での勤務経験、MBA取得など、これまでの経験・体験すべてが現在のキャリアに集約されているといっていい。

「日本とタイとの関係は農業に始まって、製造業から小売、サービス業へと広がってきています。これからはホテル関係やレストラン、コンサル業も増えてくると思いますよ。応援したいですね」

そう意欲的に語るアンプさんは、私たちの姿が見えなくなるまでその場を去ることなく、最後まで見送ってくれた。彼を表すのに一番いい言葉は何だろう。浮かんだ答えは「誠心誠意」だ。アンプさんは日本戦略を推し進めるカシコン銀行の力強い武器、といったら大げさだろうか。

「私と日本」とは?

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三田村 蕗子(ライター):日本のビジネス誌、流通専門誌、ビジネス書を中心に活動するフリーライター。2014年11月、拠点をバンコクに移し日本とタイを行き来する。鋭い視点で、活気づくタイとASEANのビジネス事情を取材している。
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