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アットさん表紙

2015.11.2

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漫画、純文学、古典、日本の美容トレンドまで!?日本に詳しすぎる総合コラムニスト。(アットさん)「私と日本」vol.4

アクセス数: 1945

タイと日本、多彩なジャンルを縦横無尽に駆け抜ける
アット ブンナークさん

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あるときにはコラムニスト、あるときには翻訳家。日本とタイのサブカルチャーに精通し、TVで社会評論番組の司会も務めるアット ブンナークさん。その縦横無尽の活躍ぶりは「八面六臂」という日本語がふさわしい。

マンガからファッション、ポストモダンまで多岐にわたる知識

2015年1月にヘッドハンティングされ、NHNエンターテイメント社に転職したアットさんは、現在、漫画を読むアプリ「comico」事業部のヘッドとして陣頭指揮を執っている。

「扱っている漫画の7割はタイのものです。ジャンルですか? なんでもありますよ。『やおい』もあれば、ファンタジー、学園ものもある。ヴィクトリア朝時代を描いた漫画もあるし、4コマのギャグマンガもありますね。タイにも日本同様、コミケ(コミックマーケット)があって、人気の漫画は20分で完売になります。この10年でタイの漫画マーケットは本当に大きく成長しました」

詳しくない方のために補足すると、「やおい」とは、「ヤマなし」「オチなし」「イミなし」の頭文字を取った言葉で、男性の同性愛をテーマにした作品のこと。日本の漫画から生まれた特異ジャンルだ。ちなみに、「やおい」好きは、「ヤオラー」とも称される。

そんじょそこらの日本人が束になってもかなわない豊富な漫画の知識に加えて、アットさんは日本の純文学や随筆、古典にも詳しく、ポップカルチャーやポストモダンの造詣も深い。ファッションブランドに関しても鋭い洞察眼を持ち、森ガール、ノームコア、トゥモローランド等など、ファッショントレンドやブランド名がぽんぽんと飛び出す。

しかも、情報は現在進行形だ。日本とタイを行き来しては、日本のマンガや小説、評論集などを大量に買い込み、常に鮮度の高いコンテンツに触れているアットさん。その原点はどこにあるのだろう。

「僕は母親が日本人なので、小さい時から日本語を使っていました。ただ、女言葉で育ってきたんですよ。何にでも頭に「お」や「ご」を付けたりしてね。母も特に直さなかった。いい加減な家庭です(笑)」

柔軟な発想と姿勢、そして行動力

タマサート大学の教養学科1年次の1学期に、基礎語学の試験で日本語を選択。漢字や文法、助詞の使い方に苦労したものの、その後、文科省の奨学生として日本に1年留学する権利を得た。「源氏物語」を漫画化した大和和紀の「あさきゆめみし」のタイ語版にはまり、日本の平安時代に興味を持っていたアットさんは、迷わず国文学科を志望。九州大学に留学する。

だが、すぐに国文学を選んだことを後悔した。

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「古文が難しかったんですよ(笑)。授業が朝早いのもつらかったので、専攻を言語学に変え、のんびりと1年を過ごしました。そのうち、大学院に進学希望の友人から『いっしょに進学しよう。煩わしい手続きは全部自分がやるから』と誘われたので、じゃあと受けてみたんです。そうしたら、友人は落ちたのに、僕は合格しちゃった」

ひょんなことから大学院に進学することになったアットさんは、和製英語や外来語、女子高生用語を研究したいと、今度は東京外国語大学の大学院で学び始めた。ところが、ここでもあっさりと専攻を変更している。

「ついた先生は方言の研究で有名な先生でしたが、このジャンルは統計学が必須の理系の学問。私の苦手分野なので、これはまずいと、専攻を近代文学に変え、タイと日本の近代化比較をテーマに選びました」

自分に合わない、興味が持てないと感じたら、あっさりと方針を変え突き進む。良く言えば潔い。悪く言えば出たとこ勝負。柔軟な発想と姿勢は日本人も少し学んだ方がいいかもしれない。

 

架空のキャラクターを設定したコラムで人気獲得

脱構造主義を教える指導教官のもと、ゼロからタイの歴史を学び、事象を客観的に見つめなおす重要性を知ったアットさんは、卒業後、タイに帰国。執筆活動に精を出す。中でも印象的だったというのが、京都大学に留学していた人気女性コラムニストから誘われる形で始めた往復書簡スタイルのコラムだ。

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「私はおハイソな家の出のクスマーン・ナッカンプーという女性キャラクターを創造し、彼女の視点で書きました。シロガネーゼのようなファッションが大好きな家事手伝いという設定です。芸能ニュースやドラマなど大衆的な話題を取り入れながら、フェミニズムの本質にわかりやすく触れていくという内容で、楽しかったですね。書いているうちに、いろいろなところからコラム執筆の依頼が寄せられるようになりました」

仕事に追われて大忙しの日々を送る中、アットさんは再び日本への留学を決意した。今回も、友人からの誘いがきっかけだ。「日本語を学びたい」「一緒に行こう」と友人に誘われて博士課程の試験を受けたところ、受かったのは自分だけという顛末も前回とまったく同じ。友人が不運というより、日本がアットさんを離さなかったというべきか。

意図せずに実現した三度目の留学では、東京外国語大学で「タイの創造された文学」をテーマに選び、研究を重ねた。そして、大学院を卒業後、出版社に入社。転職を重ねながら、アットさんの活躍の舞台が広がっていく。

江國香織や辻仁成、赤川次郎などの小説をタイ語に翻訳する版元で翻訳業務に従事したほか、育児雑誌専門の出版社では、シルバー向けの新たなメディアなど、女性向けコンテンツの拡充を図った。

大学院時代にさまざまな通訳の仕事を引き受け、化粧品会社の美容部員の研修にも携わったアットさんは、美容ジャンルにも詳しい。そんな彼を見込んで、日本の美容トレンドに関するコラム執筆の依頼も相次いだ。マイナスイオンについて、人気のファンデーションについて、最新のコスメトレンドについて。コスメフリークさながらの知識をベースにしたコラムに加えて、日本のポップカルチャーやサブカルチャーに関する執筆活動もスタートした。

マンガ好きの母とアニメーターの叔母に影響を受けて

現在も、NHNエンターテイメント社に勤めるかたわら、講演やインタビューをこなし、TVでは日本のお菓子など独自の日本文化をポストモダンの視点で評論する番組の司会も手掛けている。テーマは「創造されてきた伝統」。そう、大学院の博士課程で取り組んだ「創造された文学」の流れをくむテーマだ。日本のマナー本よろしく、タイ流のマナー本を上梓したこともあれば、舞台やTVドラマのシナリオをチェックする仕事も受けている。 日本の歌謡曲に関する知識も半端ではない。しかも、昭和の時代の歌謡曲だ。中尾ミエ、ザ・ピーナッツ、山口百恵。昭和60年代~70年代の歌謡曲が好きで、youtubeで動画を見つけてはチェックし、伝説の番組「シャボン玉ホリデー」を見つけた時には大興奮したという。

「あの番組はすごい。本当によくできている。番組の構成もライティングも演出も素晴らしいです。宝塚も好きですよ。よく見に行っています」

どうしてそんなことまで知っているのか。そう思わずにはいられないほど、知識は幅広い。「すごいですね」と思わず口にすると、アットさんはあっさりと「すごくないです」と答えた。

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「母からは『あんたはうすっぺらい』『ちゃらお(ちゃらちゃらした男)だ』と言われて育ってきたので、自分がすごいとは全然思いません。うぬぼれるとすぐにたたかれる家庭環境でしたから(笑)。うちは、母と叔母が大変な毒舌家なんですよ。ちなみに叔母は手塚プロの初代アニメーターで、母親は大の漫画好き。いまでいえば、腐女子ですね。だから、僕は小さい頃よく、母が好きな漫画に出てくる王子様のような格好をさせられていました。襟や袖口にフリルのついたブラウスで袖が膨らんでいるヤツです。もう笑っちゃうでしょう」

お母様はいまでも漫画をこよなく愛し、漫画を読み続けているそうだ。漫画愛にあふれた環境が、アットさんの語学力の向上に手を貸したに違いない。好きこそものの上手なれ。大好きな漫画や小説の世界をもっと深く理解したい。そんな興味や関心、好奇心は外国語上達の鍵だ。

自分の著作にも突っ込みを忘れない

家庭環境がもたらした影響はもうひとつある。少しでも調子に乗ると厳しくたしなめられて育ったからだろうか。アットさんには、いつも自分を一歩離れた場所から冷静に見つめる癖があるのだ。

「小さい時からそうですね。共同体のどこにも属せないというか、どこにいってもなじめない。いつもオブザーバーでいるので、周囲からすると『やなヤツ』キャラ。これはタイでも日本でも同じですね。大学院時代の友人にも『アット君は回りから浮いていたよね』と言われましたから(笑)」

常に観察者の目を失わない。立ち位置がぶれず、対象にのめり込まない。これは、コラムを書き、社会評論活動をしていく上では最大の武器だ。

「自分で書いたものにも容赦なく突っ込みますよ。これはないなとか、これはダメだなとか」

そう笑うアットさんに日本との関わりについて問うてみた。「日本との接点はあなたにとってどんな意味がありますか?」と。答えはあっけないほどシンプルだった。

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「意味はないです。単なる通過点に過ぎません」

さて、この答えをどう聞くか。私は、日本や日本の文化への尽きない好奇心の表れと見た。自分を刺激し、強い興味や関心を喚起する対象物の探索にアットさんは忠実だ。「観察してみたい」と思えば、第三者の目を失うことなく、軽やかなフットワークでその懐に飛び込んできた。昔もいまもこれからも、そのスタンスに変わりはない。

日本語を話す環境で生まれ育ち、ある意味、成り行きで日本語の学習を本格的に始め、流れに乗って日本に留学し、大学と大学院で学んだアットさんは、これからもタイと日本を自在に行き来し、刺激的な要素を掘り起こしてはその魅力を多くのタイ人に伝えてくれるに違いない。強烈な好奇心が生み出した通過点が重なって、どのような弧を描いていくのか楽しみにしたい。

※編集部:ブンナークという名字はアユタヤ王朝の王族に起源をもつ名字としてタイ人の間で周知されており、現在タイで一番多い名字ともいわれております。

「私と日本」とは?

日本語を話し、日本の価値観を身につけたタイ人から見た、日本の姿とは何か?2つの言葉で2つの国を駆け抜けるタイ人の人生に迫る、タイでのビジネスにヒントをくれるドキュメンタリーコンテンツ。(関連記事はこちら)
三田村 蕗子(ライター):日本のビジネス誌、流通専門誌、ビジネス書を中心に活動するフリーライター。2014年11月、拠点をバンコクに移し日本とタイを行き来する。鋭い視点で、活気づくタイとASEANのビジネス事情を取材している。
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